HOME感染症の学び舎 > 第2回:狂犬病について

感染症情報

感染と予防Webでは、【感染症の学び舎】と題し、マンスリーにて感染症情報をお届けします。
季節(時候)・自治をはじめ、読者の皆様が今もっとも注目する【1つの感染症】をクローズアップし、 その感染症情報と正しい予防知識を専門家の見地より、中野Drに分かりやすくご執筆いただきます。

第2回:狂犬病ついて

わが国で長らく発生していなかった狂犬病ですが、最近続けて2例の報告がありました。二人ともフィリピンで犬に咬まれて感染したことが疑われています。狂犬病の病原体は「狂犬病ウイルス」で、ラブドウイルス科のリッサウイルス属に属します。その名が示すとおり、イヌに咬まれて感染することが最も多いのですが、イヌ以外にもウイルスを保有する動物は数多く存在し、咬傷以外の感染経路も知られています。“狂犬病”については、「感染と予防」第5号(2006年4月発行)“シリーズ/感染症を知るVol.5:動物由来感染症について考える”でも紹介しました。

1.世界での狂犬病の流行は?

世界保健機関(WHO)のデータでは、全世界で毎年5万人以上の人たちが狂犬病によって死亡しています(http://www.who.int/mediacentre/factsheets/fs099/en/)。私たちが住む地球上には、南極大陸を除いてあらゆる地域に狂犬病が存在するとさえ言われます。米国疾病制御予防センター(CDC, Centers for Disease Control and Prevention)の資料を参考にして、イヌの狂犬病が最も流行している国々と長年にわたって狂犬病国内感染例が無い(狂犬病フリーの)地域をまとめてみました(表1)。

この表を見ると、アジアは狂犬病の一大流行地であることがわかります。アフリカでもおそらくかなりの数の狂犬病が存在するのでしょうが、正確なデータが入手できない国が多いようです。北米およびヨーロッパではヒトの狂犬病は少ないのですが、アライグマ、スカンク、キツネ、コウモリ等の野生動物の狂犬病を根絶できないでいる状態です。それらからヒトへの感染例も毎年報告されています。

ヒトの狂犬病は、ウイルスを保有するイヌに咬まれて発症するのが最も代表例ですが、他の哺乳動物も狂犬病ウイルスに感染していればヒトへ病気を伝播します。コウモリから排出されたウイルスを吸入して感染したケースが報告されています。狂犬病を発病したヒトの唾液にはウイルスが排出されますが、ヒトからヒトへの感染は通常は起こりません。しかし、角膜移植により感染した例があります。

表1.イヌの狂犬病が流行している国、狂犬病フリーの地域
地域 イヌの狂犬病が最も流行している国 近年狂犬病の発生が無い(狂犬病フリーの)地域
アジア・中近東 アフガニスタン、バングラデシュ、中国、インド、インドネシア、ミャンマー、ネパール、パキスタン、フィリピン、スリランカ、タイ、ベトナム、イエメン 日本、香港、クウェート、キプロス、レバノン、マレーシア(サバ)、シンガポール、カタール、アルメニア
オセアニア (大きな流行は認められない) オーストラリア、フィジー、クック諸島、グアム、ハワイ諸島、フランス領ポリネシア、キリバツ、ミクロネシア、ニューカレドニア、ニュージーランド、パラオ、パプアニューギニア、サモア、バヌアツ
アメリカ ブラジル、ボリビア、コロンビア、エクアドル、エルサルバドル、グアテマラ、ハイチ、メキシコ、ペルー ドミニカ、ジャマイカ、ウルグアイ
ヨーロッパ (大きな流行は認められない) ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ギリシャ、アイスランド、アイルランド、イタリア、ルクセンブルグ、マルタ、オランダ、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス、英国
アフリカ (正確なデータが入手できない国が多い) ケープヴェルデ、リビア、モーリシャス、セイシェル

2.日本における狂犬病

わが国で流行していた狂犬病の発生が最初に減少に転じたのは、1922年の家畜伝染病予防法制定によるといわれます。しかしその後、第二次世界大戦により予防対策や公衆衛生活動がおろそかになると、患者数は再増加しました。終戦をむかえ、1950年には狂犬病予防法によりイヌに対するワクチン接種が義務付けられました。すると、1956年に6頭が罹患したのを最後に、それ以降わが国はイヌ狂犬病の発生ゼロを継続しています。

ヒトの感染例については、1970年にネパールでイヌに咬まれた青年が帰国後発病死した事例以降、幸いわが国において狂犬病患者は長年報告されていませんでした。狂犬病を完全に制圧できている国は、世界にもほとんどありません。わが国は、イヌへのワクチン接種と検疫制度の充実、そして島国であるという地理的利点も幸いして、長年にわたって狂犬病フリーを維持するという大快挙を成しえていたのです。

今回の2例は海外でイヌに咬まれて発症したケースでしたが、ヒトや動物の国際交流はより活発になる一方です。いつわが国に病気が侵入してもおかしくない状況であったと考える方が正しいと思います。狂犬病に限らず、“海外で流行する感染症は異なる世界での出来事”という認識は捨てなければならないのが現代です。

3.狂犬病の症状は?

ウイルスに感染してから発症するまでの期間、すなわち“潜伏期間”はさまざまですが、一般的には1〜2カ月です。咬傷後数年してから発病した例も報告されています。

初発症状は、発熱、頭痛、倦怠感、筋肉痛、疲労感、食欲不振、悪心・嘔吐、咽頭痛、ノドの乾き、咳といったカゼに似た症状です。咬まれた部位の痛みやその周辺の知覚異常、筋の攣縮を伴うこともあります。その後脳が侵されると、興奮、不安、狂躁、錯乱、幻覚、攻撃性、などが主症状となります。飲水時の刺激で咽喉頭や全身の筋攣縮が起こり、苦痛で水が飲めず「恐水症」とも呼ばれます。光や音刺激によっても、筋の攣縮が起こります。そして、昏睡状態から呼吸不全に陥り死にいたります。狂犬病は一度発症すれば、致死率はほぼ100%です。

4.狂犬病の予防法は?

下記は、「感染と予防」からの引用です。どんな病気にも備えはあります。今回は狂犬病のことを紹介しましたが、すべての感染症に対して、日常から予防を心がけることが何よりも有効です。〜狂犬病はどのように予防すればいいの?(「感染と予防」第5号(2006年4月発行)より)

日本の狂犬病制圧史が証明していますが、動物なかでもイヌに対するワクチン接種は極めて効果的です。しかし開発途上国では、国中のイヌに予防接種をすることなど不可能でしょうし、野犬も居ます。

人間にワクチンを接種して予防する方法には2つのやり方があります。ひとつは、他のワクチン同様、感染前の接種(暴露前予防)です。もうひとつは、疑わしい動物に咬まれた後から接種を行う方法(暴露後予防)です。

狂犬病は潜伏期間が長いので、咬傷後のワクチン接種でも発病を予防することが可能です。ただし、暴露後予防は相当回数(5回以上)の接種を行なう必要があります。WHOは暴露後予防に関して、ワクチンと合わせて狂犬病用免疫グロブリン製剤の併用を勧めていますが、現在国内では入手出来ません。もし前もって暴露前予防を行っていても、極めて疑わしい動物と接触した際には暴露後予防が勧められます。発病すれば100%死亡する病気であるということがその理由です。

では暴露前予防は意味がないのでしょうか。そんなことはありません、前もってある程度の免疫力が備わっていれば暴露後予防で免疫はより一層高まります。注射の回数が、少なくて済む場合もあります。また、咬まれれば狂犬病のことを心配されるでしょうが、前述したように唾液にはウイルスが排泄されているわけですから、咬傷以外の接触でも感染する場合はあります。そのような思いがけない感染機会に対しては、暴露前予防が役に立ちます。

狂犬病に限らず動物と接触する場合の共通した注意事項ですが、触った後はしっかり手洗いをすることが何より大切です。特に海外では、係留されていない犬や猫をはじめ、各種野生動物には気軽に近づかないことです。万一咬まれた際は、清潔な流水で傷口を丁寧に洗浄し、消毒しましょう。