インフルエンザと人とのかかわりは古く、古代エジプトや古代ギリシアの時代にそのような流行性疾患の記録があるそうです。日本でも、平安時代の「増鏡」にインフルエンザの流行をうかがわせる記述があります。また、江戸時代には、「お駒風」や「谷風」などと名前がつけられた悪性のかぜが流行したそうです。
「インフルエンザ」の語源は、16世紀のイタリアの占星術師たちが、冬季に流行し春に終息する周期性から流行を星の運行や寒気の影響によるものと考え、「影響」を表すラテン語(influenctiacoeli)にちなんで「influenza」と呼んだことに由来すると言われています。この言葉が18世紀の英国で流行した際に英語に持ち込まれ、その後世界に広まりました。
インフルエンザの流行が科学的に立証されているのは1900年頃からで、20世紀には4回のインフルエンザの大流行(パンデミック)がありました。
1917年から1919年にかけて世界各地で猛威を振るった「スペインかぜ」は、全世界で6億人が感染し、死者は2000万人とも4000万人とも言われ、日本でも人口の約半数が罹患し、約40万人の犠牲者が出たと推定されています。
「アジアかぜ」は、1957年4月に香港で始まり、東南アジア各地、日本、オーストラリア、さらにアメリカ、ヨーロッパへと急速に広がりました。発端は中国南西部と考えられています。死亡者数はスペインかぜの1/10程度でした。日本では300万人が罹患し、5,700人の死者が出ました。肺炎による死亡者の中で黄色ブドウ球菌の二次感染が注目されました。
1968年から翌69年にかけて流行した「香港かぜ」は、6月に香港で爆発的に流行し、8月に台湾、シンガポールなど東南アジアへ、9月に日本、オーストラリア、12月にアメリカでピークを迎えました。ヨーロッパではあまり流行しませんでした。香港では6週間で50万人が罹患し、全世界で56,000人以上の死者を出しました。日本では14万人が罹患、2,000人が死亡とあります。
スペインかぜと同じ型のウイルスによる「ソ連かぜ」は、1977年5月に中国北西部から始まり、12月までにシベリア、西部ロシアへ広がり、日本で流行しました。さらに翌年には、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニア、南米にまで拡大しました。1950年前後に流行したイタリアかぜと同じウイルスだったので、ある年齢以上は抗体をもっていました。そのため、流行当初は小児と10代の若年層に限られていましたが、連続変異によって他の年齢層にも広がりました。
現在は、Aソ連型、A香港型、およびB型の3種類のウイルスによって複雑な流行の様子が見られます。
世界的大流行は数十年起こっていないものの、日本の高齢化が進行している中、特別養護老人ホームにおける集団感染の問題をかかえ、インフルエンザによる死亡者の約80%以上を高齢者が占めています。乳幼児では、インフルエンザに関連していると考えられる急性脳症が年間100〜200例報告されています。さらに、全く新しい新型インフルエンザの大流行が近い将来に起こるのではないかといわれています。インフルエンザは今なお恐ろしい感染症であり、その脅威はますます大きくなっていると言えます。