感染と予防Webにご参画いただく中野Drの日常を感染予防の視点よりコラムにてお届けします。
「日本」と名前がついていますが、中国・韓国など日本の隣国、ベトナム・タイ・マレーシア・フィリピンなど東南アジア諸国、さらにはネパール・インド・スリランカなど南アジアまで、アジア地域で広く流行しています(図1)。日本脳炎ウイルスが脳に感染して、高熱や吐き気、さらにはケイレンや意識障害を起こします。死亡や後遺症につながることも多い恐ろしい病気です。

わが国ではコガタアカイエカCulex tritaeniorhynchusという蚊によって、ウイルスは媒介されます。この蚊は5月頃から主に水田で発生し始め、真夏に最盛期を迎え9月頃まで活動が続きます。日本脳炎ウイルスは、人間、ウマ、ブタ、トリなどに感染しますが、脳炎を起こすのは人間とウマです。そして人間の病気には、自らは脳炎にはならないブタの感染状況が大きく関係しています。コガタアカイエカが増える時期にブタの間で感染が広がり、そこから人間へウイルスを伝播するのもコガタアカイエカです。人間から人間への感染は無く、ブタでの流行を経て人間が病気になります。したがって、患者発生は真夏より少し遅れることが多いのです。
厚生労働省は、日本脳炎対策の一環として毎年流行期にブタの感染状況を調査しています(感染症流行予測調査)。食用ブタは生後8ヶ月頃までにと殺されるので、前年夏の日本脳炎ウイルス流行期に居たブタは、調査年には存在しません。新生仔ブタが日本脳炎に対する血中抗体価を持っているかどうかで、その年に新たに日本脳炎ウイルスに感染したかどうかを調べ、流行予測の指標とするわけです。ブタ感染状況には地域差があり、西南日本で陽性率が高いのです。また、流行は毎年沖縄や九州など南方ではじまり、だんだんと日本列島を北上します。
一例として、昨年の流行予測調査の結果を示します。図2は2006年11月、すなわち昨シーズンの最終的な各県別ブタ感染状況です。西日本かつ南に位置する県で血清抗体陽性率が高いことがわかります。また、7月から10月までの各県における陽性率の推移を図3に示しました。沖縄・九州ではじまった流行が、徐々に西日本から東日本へ拡大してゆく様子がよくわかります。では、本年の流行状況はどうでしょう?図4に2007年8月2日発表の最新データを示します。なんと私の住む三重県が、ブタ血清抗体保有状況80%以上に日本で一番乗りということになりました。



わが国では1960年代まで毎年1000人以上、年によっては5000人もの日本脳炎患者が報告されていました。この流行の制御に大きな役割を果たしたのが、1954年から使用されるようになった日本脳炎ワクチンでした。ワクチン普及と相前後して患者発生は減少の一途をたどりました。そして、1992年以降の患者数は年間10名以下のレベルにまで抑えられています。1994年の予防接種法改正により日本脳炎ワクチンは定期接種と位置付けられ、対象年齢の子どもたちに広く接種されてきました(図5)。もちろん予防接種以外に、社会構造や生活様式の変化による豚舎数の減少やエアコン普及、媒介するコガタアカイエカの減少などにより私たちがウイルスに曝露される機会が減ったことも関与しているといわれます。しかし、日本脳炎が流行する他のアジア諸国においても、ワクチンによる予防は日本脳炎対策の主戦略です。

2005年5月、それまで定期接種として勧められてきた日本脳炎ワクチンを、積極的には勧奨しない旨の勧告が国から出されました(図6)。急性散在性脳炎(Acute Disseminated Encephalomyelitis, ADEM)がワクチンの副反応として起こる可能性があり重症化例が存在すること、患者数は大いに減少しそのほとんどは高齢者であり子どもではないこと、人から人へうつる病気ではないことなどがその理由としてあげられました。また、同年7月には14歳以上16歳未満(中学生)に対する第3期接種が、定期接種から廃止されました(図6)。第3期の接種率は長年にわたってそれほど良好ではなかったにもかかわらず、10代後半の患者がほとんど出ていないことがその理由のひとつにあげられました。

6ヶ月以上90ヶ月未満児に対する第1期接種(乳幼児)、9歳以上13歳未満児に対する第2期接種(小学校中高学年)は、もちろん今でも定期接種として残っているわけですが、副反応などに関する十分な説明を行い、保護者が同意し接種を希望するという同意書を取り交わした上で接種することになったため、2005年夏以降日本脳炎ワクチンを接種する人は大いに減りました。
最近になって今度は、接種していない子どもたちが増えてきたから流行期の夏に感染者が急増するおそれがある!新しいワクチン(組織培養による日本脳炎ワクチン)は再来年くらいまで認可される見込みは無く現存のワクチンはもうすぐ品切れになる!・・・などのニュースが世間を賑わしています。未接種者が増えれば免疫を有しない感受性者(日本脳炎にかかる可能性がある者)が増えることや、わが国におけるワクチン認可のスローペース(各種臨床試験は諸外国に比べれば少ない対象数ながらも実施されてはいますが、1994年のA型肝炎ワクチン以降、新たに認可されたワクチンは最近のMRワクチンとHibワクチンのみです)を考えれば、そんなにすぐに新ワクチンが入手できないことも当然わかっていたはずです。
また、新しい日本脳炎ワクチンは理論的には現行のワクチンよりADEMの危険性が少ないわけですが、どのようなワクチンでも多数使用した経験があってこそ初めて、実際の副反応の頻度がわかります。現在の日本脳炎ワクチンはすでに何年にもわたって使われており、頻度の点では決して副反応の起こる割合が高いワクチンではありません。新ワクチンが現行のワクチンより安全であるということは、市販後長期にわたっての調査結果が得られてこそ初めてわかることです。その時々の話題に降りまわされるのではなく、国民の皆様が適切な情報を基に正しい判断を下せるように、私たち医療に携わる者は情報提供と判断に際してのお手伝いをしっかりと心がける必要があると思っています。