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中野Drの専門家コラム

感染と予防Webにご参画いただく中野Drの日常を感染予防の視点よりコラムにてお届けします。

中野先生のプロフィール

中野先生
氏 名:
中野 貴司(なかの たかし)
所属施設:
独立行政法人国立病院機構 三重病院
現 職:
臨床研究部 国際保健医療研究室長(小児科医)

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機内にて〜香港への旅路〜

マレーシアのクアラルンプールから香港へ向かう機内で、本コラムを書きはじめました。日本からの出発便ではかなり空席が目立っていましたが、今日は日曜日のせいでしょうか、キャセイパシフィック720便はほぼ満席です。今回はたった一日半の異国の地滞在でした。アジア地域の肺炎球菌感染症に関する研究フォーラムに出席することが、今回の旅の目的でした。

1.「肺炎球菌」はどんな病気を起こす?

その名前から、肺炎の原因となる病原微生物であることは誰もが思い浮かぶでしょう。その通りです。「肺炎」は、赤ちゃんから高齢者まで私たちすべての世代が罹るもっとも一般的な病気です。本コラムの読者の中にも、ご自身や家族が肺炎で入院や長期の通院を経験された方が何人かいらっしゃるのではないでしょうか?
肺炎以外にも、私たちの呼吸器系臓器に悪さをして、例えば「急性中耳炎」や「副鼻腔炎(蓄膿症とも言われます)」の原因となります。子どもたちの「急性中耳炎」のことは、“感染と予防6号(2006年7月発行)”でもご紹介いたしました。子どもにおいても高齢者においても、「肺炎球菌」は呼吸器感染症の原因細菌のなかで、最も頻度が高い菌のひとつと言われます。さらに「肺炎球菌」は、時には命を落としたり後遺症を残すこともある重症疾患「化膿性髄膜炎」の原因菌でもあるのです。

このボーイング777で私の席の隣に座っているのは、5歳の男の子ムハマド君です。彼は、マレーシアからお父さんが住む英国へ一人旅の途中です。香港で乗り換えて、ロンドンへ向かうそうです。ちょっとスパイスの効いたビーフライスをゆっくり食べながら、窓側席16Kに深く収まってゲームに熱中しています。

2.肺炎はワクチンで防ぐことができる?

これから訪れる日本の寒い冬には、インフルエンザ初め呼吸器を冒す病気が流行ります。特に高齢者の方々では肺炎に注意が必要で、「インフルエンザワクチンだけでなく、肺炎球菌ワクチンも一緒に接種した方が良いですよ」というニュースがしばしばメディアでも報道されるので、肺炎球菌予防用のワクチンがあることはご存知の方も多いと思います。では、このワクチンは子どもたちにも使えるのでしょうか?

答えは、「ノー!」です。現在日本で用いられている肺炎球菌ワクチンは、主に成人用に用いられるワクチンです。特に乳児など低年齢の子どもたちに対しては、接種しても肺炎球菌に対抗する免疫力を誘導することはできません。

現在わが国で入手できるワクチンは「肺炎球菌多糖体ワクチン」で、子どもたちに用いるべき肺炎球菌クチンは「結合型ワクチン」という別のワクチンになります。大人用の「多糖体ワクチン」を子どもたちに接種したとしても副反応が強く出るわけではありませんが、病気から守るための十分な免疫が誘導できないといわれます。

ムハマド君は孤独な旅を寂しがることもなく、ゆったり食事とゲームを楽しいでいます。思えば自分が始めて海外への長期滞在に出かけたのは、1987年2月西アフリカのガーナ向けてでした。当時私は20代後半、生まれて3ヶ月の長女が居たので、まずは単身赴任でアフリカへ向かいました。2年間の滞在予定で、後に家族を呼び寄せる予定でした。ムハマド君はこんなに悠々と機内生活を楽しんでいますが、当時は小さい子どもの飛行機長距離一人旅はそんなに一般的ではなかったと記憶しています。

3.「結合型肺炎球菌ワクチン」、それはもうどこかで使われているのですか?

皆さんは、日本は世界中で最も保健医療や公衆衛生が発達した国と思っているかもしれません。もちろんそれは間違いではないのですが、こと予防接種に関して、日本は未だ世界に比べて発展途上の段階です。例えば今回話題の結合型肺炎球菌ワクチンは、すでに欧米諸国では乳児期の定期接種として、国じゅうの子どもたちに接種が奨励されています。その効果により、肺炎球菌による重症肺炎、化膿性髄膜炎、菌血症などが激減したという報告が数多く成されています。ところが日本では、いまだ治療に主眼が置かれ、病気を予防するという基本的な感染症対策の姿勢が普及していません。

今回の肺炎球菌フォーラムに出席してもっとも驚いたことは、結合型肺炎球菌ワクチンのライセンス、すなわちその国で使用する認可が得られてないのはアジア諸国の中では日本と中国(香港などではすでに認可されており、未認可なのは大陸の各省です)くらいでした。例えばお隣の韓国では“任意接種”という位置付けでしたが、それでも国全体の接種カバー率は40%台で、わが国の任意接種ワクチンである水痘やムンプスを凌いでいました。オーストラリアでは定期接種、すなわちDPTワクチンなどと同じように、乳児への接種プログラムとして組み込まれていました。

すでに先進国の仲間入りをしたと思っていたわが国が、ワクチン後進国であったとは、皆さんご存知でしたか?インドネシア、フィリピン、タイなどでも、ご両親が接種を希望する子どもたちに対しては結合型肺炎球菌ワクチンの接種が行われていました

医者になって間もなくの時期に暮らしたガーナでの2年間は、私にとってとても貴重でした。首都アクラのガーナ大学野口英世記念医学研究所から車で1-2時間の距離にある数箇所の村へ、5歳未満の子どもたちの健康状態のチェックに毎週出かけることが日常業務のひとつでした。知識も技術も未熟であった当時(20年経過した今もそうであり、反省することしきりですが・・・)、アフリカの熱帯地域にはいろんな風土病があるだろうと思い赴任したのですが、いざ村へ出かけてみてわかったことは・・・・・。マラリアや赤痢ももちろん問題でしたが、子どもたちで最も多い病気は「カゼ」「気管支炎や肺炎などの呼吸器感染症」「下痢など消化管感染症」でした。わが国の子どもたちも通常に罹るような病気が、医療資源の不備や栄養不良により重症化し、命を落とす子どもたちが途上国にはたくさん居るのです。「肺炎」は、中でもトップの殺し屋でした。この病気を予防することができれば、本当に素晴らしいことだと思います。

今回から始まりました専門家コラム、“感染症”、“地球と国際保健”をテーマに連載してゆきたいと思います。末長くよろしくお願いいたします。



表.各国の統計指標(2004年現在のデータ、ユニセフ世界子供白書2006より引用)
  総人口 年間出生数 5歳未満死亡(出生1000対) 乳児死亡(出生1000対) 出生時の平均寿命(年) 国民一人当たりGNI(米ドル) 結合型肺炎球菌ワクチンの認可
アフガニスタン 2,857万 140万 257 165 46 250
ガーナ 2,166万 68万 112 68 57 380
インド 10億8,712万 2,600万 85 62 64 620
マレーシア 2,489万 55万 12 10 73 4,650
韓国 4,765万 47万 6 5 77 13,980
フランス 6,026万 74万 5 4 80 30,090
日本 1億2,792万 117万 4 3 82 37,180